アセロラ百科事典
3.アセロラ歴史のヒミツ
3-1.アセロラの生まれた国
3-2.アセロラの研究開始
3-3.アセロラの研究開始
1.アセロラ成分のヒミツへ
2.アセロラ果実のヒミツへ
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3 アセロラの日本上陸
今や日本人にもドリンクとして、すっかりおなじみになった南国のフルーツ、アセロラ。そのスタートはやはりニチレイでした。
アセロラが初めて日本に上陸したのは1958年※。
しかし、じつにデリケートなアセロラ。
収穫後2〜3時間で痛み始めてしまうという性質からもこれを商品化するには至りませんでした。
その欠点を解消したのがニチレイの冷凍技術。
冷凍により果実の損傷を防ぎ、ビタミンCの残存率を高い状態で運搬することができる。
そこに着目したニチレイの研究により、1984年商品化に成功しました。


ブラジルのアセロラ園 ブラジルでのアセロラ輸送トレーラー
ブラジルのアセロラ園 ブラジルでのアセロラ
輸送トレーラー

冷凍技術 冷凍技術
冷凍技術

今ではブラジルやベトナムのすばらしい果実を使うことができますが、これも研究を重ねた冷凍技術があるからこそ、なのです。


※沖縄熱帯果樹の父・ヘンリー仲宗根氏が持ちこんだのが最初。1947年〜48年に当時の琉球政府からの要請で来日。以来、政府の委託を受けて沖縄に熱帯果樹、花き、野菜の普及促進につとめた。アセロラは1958年に8本の挿し木を持込み、名護農業試験場に植えたのがはじまり(名護農業試験場談)。

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